イタリアスキー実体験レポート メンバーズボイス・アンケート イタリアスキー達人のコメント

2001 season 実体験レポート

チヴェッタ、トレ・ヴァッリ、グランデ・グエッラ、
セッラロンダを滑る
長野県・ちの市出身/楓山 一登[13回目]

[ 目 次 ]
ドロミティ地方
チヴェッタのスキー場
トレヴァッリ、ファルカーデ、パッソ・サン・ペッレグリーノ、
 モエナのスキー場
グランデ・グエッラ挑戦
セッラロンダ
ワイン工場を見学しショッピングしてボローニャに入る
ボローニャ

 地中海に埠頭のように突き出ている長靴型半島のイタリアは、北はヨーロッパアルプス、国境は、西からフランス、スイス、オーストリア、東端にスロヴェニアの4ヶ国で、その南側の全部がイタリア・アルプスである。
 
ドロミティ地方

 イタリア・アルプスの北東部に、スイスの一部と、オーストリア、スロヴェニアと国境を接している3州の中北部に位 置する。 トレンティーノ・アルト・アディジェ州、スイスの一部とオーストリアと隣接し、アルプス山脈の中心である。その南側にヴェネト州、北側はオーストリアと国境、南はアドリア海に面 している。その東側にフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州、北部イタリアの最東端で、北はオーストリア、東側にスロヴェニアと接している。この3州に跨ってできた、ギザギザに、浸食作用によって削られた、石灰質の赤銅色をした針峰や、巨塔、光塔、奇岩が垂直に、天に連なるような、自然が作り出した大自然のもの凄い迫力の3000m級の豪壮な山々が連なる山岳地帯は、ドロミティ地方と呼ばれている。西はアディジェ川とその支流のイサルコ川、南西はプレンタ山塊、東はピァーヴェ川の谷、北はリエンツァ州のプステリア渓谷に囲まれた地域で、東西南北約60キロに広がるドロミティアルプスは、世界で一つしかないといわれる光景、壮観の山々の見事な岩壁の傾斜と聳え立つ眺めは、世界で一番美しい自然の建築と言われている。ここにイタリアが誇る、途方もなく巨大な世界最大のスキーエリアが存在している。ドロミティスーパースキーである。  

 ドロミティ山塊の総面積はおよそ4500平方キロ、長野県の3分の1にあたる。 この中に44のスキーリゾートと100を越すスキー場と464のスキーリフトやゴンドラが、谷という谷、山という山に網目のように張り巡らされ、リフトの総延長は、1500キロに及ぶ、この長さは、東京と九州を結ぶ距離である。コースの総延長は約1600キロに及ぶ。たくさんの谷に村々が点在し、スキーヤーのためにホテルや民宿があり、それぞれの村からドロミティの岩峰に向かって縦にリフトが架けられ、横に繋がっている。この広大なエリアを1枚のスキーパスで統一され、スキーバスや馬橇にも乗ることができる。ドロマイトの岩山の麓は、緩やかな斜面 の牧草地や、針葉樹や農地に覆われて広がっている。 この山岳地帯には、第一次世界大戦で、オーストリアとの山岳戦の激戦地で、地下要塞など戦闘の残骸が残っており見ることができる。 ドロミティの中央部に最高峰のマルモラーダ3342m連峰、東部にはコルティナの連峰、南東部にはチヴェッタ3220mとベルモ3166m、その北西にドロミティの奇峰サッソ・ルンゴの山とセッラの巨大な山群があり、この辺りがドロミティの12の地域に分かれている中心である。セッラ山群は直径約15キロ、最高峰は3152mのピッツボエ、2900m以上の岩峰がおよそ31のドロマイトの岩壁の峰々が連なっている。セッラの山群を囲むように大きな渓谷は4つある、@ヴァルガルディナ(Val Gardena)、Aヴァルバーディア(Val Badia)、Bヴァルディファッサ(Val di Fassa)、Cヴァッレデッレコルデーヴォレ(Valle delle Cordevole)で昨年探索した、アラッバ、コルヴァラ、コルフォスコ、ラ・ヴィッラ、サンカッシアーノ、セルバ、セント・クリスティーナ、オルティセィ、カナッエの町々や、ポルドイ峠、セッラ峠、グルディナ峠、カンポロンゴ峠などもある。今回のドロミティK番地域のチヴェッタは、ドロミティ地域の南東に位 置し、セッラの山群から直線距離で約20,875m、アラッバから約16,250m、西側に聳えるマルモラーダからは4,625mの位 置にある。J番のトレ・ヴァッリは、マルモラーダを挟んで、チヴェッタの隣で、南西側に位 置する。 ドロミティから少し離れているが、西側にアダメッロ山地があり、マドンナ・ディ・カムピリオやトナーレのスキー場がある。 ドロマイトと呼ばれている石灰質の起伏の激しい切り立った山は、朝、昼、夕と時間によってその姿を変えていく。朝から夕方まで山の中を滑っていると、朝の岩峰、昼の岩肌、夕方の岩壁が表情を変えて美しさを増していく、朝日の岩峰も、強い日射しを受けた岩も茜色の夕日を受けた赤銅色は一段と鮮やかで見惚れる。 3月4日、ミラノ・マルペンサ空港に定刻17時45分に着陸した。両替などを済ませて空港の外に出ると暖かい、3月だ、イタリアも春を迎えた。貸切車はカプリーレ・アレーゲ(ALLEGHE-CAPRILE)へ向かい、ホテル・アッラポスタ(HOTEL ALLA POSTA)に23時頃に着く。遅い夕食はいつも通りVinoで始まる。明日からドロミティスーパースキーだ。
 
チヴェッタ(CIVETTA)のスキー場

 チヴェッタ山3220mとペルモ山3168mの間に標高979mから2100mに広がるスキー場だ。4つのスキー場から成り、スキー場の中心はコル・ディ・バルディ標高1992mを囲むように構成されている。中心となる村はチヴェッタの北麗にあるアレーゲ湖(LAGO ALLEGHE)畔の村アレーゲ979m、台地を挟んで反対側、東の渓谷かの北からペスクル(PESCUL)1410m、その南にパラファヴェラ(PALAFAVERA)1514m、一番南側のゾールド(ZOLDO)1350mと、3つの村のスキー場がある。アレーゲからテレキャビンで標高1470m標高差491mのピアニ・ディ・ペッツェ(PIANI DI PEZZE)に登ると、そこからTバーリフト2本とチェアリフト2本が架けられた左側のチェアリフトで上がると、1786m標高差316mのPRA DELLA COSTAに着く。ここから左側、北西にチェアリフトで上がるとチヴェッタスキーエリアの一番トップのモンテ・フェルタッツァ(MONTE FERTAZZA)2100m標高差314m、麓から標高差1121mに上れる。もう一基の右側のチェアリフトで上るとチヴェッタの中心コル・デイ・バルディ(COL DEI BALDI)1922m標高差452mに上れる。麓からの標高差は943m、オープンスロープの台地だ。反対に位 置する北側の渓谷のペスクル、パラファヴェラ、ゾールドのスキー場に繋がっている。西に3218mのチヴェッタ山、東に3168mのペルモ山が聳えている。ゲレンデは、オープンスロープが主で麓の村に向かって下部が森林地帯の林間コースで構成されている。 3月なので、雪は少し軟らかかったが雪の状態は良かった。一部の閉鎖コースもあったが大斜面 やコースは圧雪整備が行き届き、良く滑った。天気も快晴に恵まれ、大方のコースを潰すことができた。リフト待ちもなく、コースにスキーヤーも少なく中級斜面 が主だったので気楽に思う存分滑り込んだ。朝8時半の一番リフトで登って圧雪車でよく固められた誰もいない大斜面 を隅から隅まで大きなパラレルターンでシュプールを描きながらの滑降、雪を切っての大きな山まわりに乗ってのカービングターンは壮快でした。二朝滑ることができた。森林の中をリフトが登って行くと、南側の山は岩○風を立てたように続き、高度を上げていくと前方が開けてチヴェッタ山頂が現れる。登るに従い、肩、胸、腰と勇壮なチヴェッタ山がぐんぐんとこちらに押し迫り、リフトから降りると雄大でドカンと構え、少し離れてペルモ山が鎮座する姿は魅惑的で感動させられた。トップのモンテ・フェルタッツァ2100mの一番高い所に登ると、西にドロミテ最高峰3342mのマルモラーダの氷河と山群、その北の奥に3000m級の岩峰が連なるセッラの山群、東側にはコルティナの3243mのトファーナ、3216mのクリスタッロ、3205mのソラピス、南、眼前に地元のチヴェッタ3218m、ベルモ3168mの誇り高きドロミテ・アルプスの高峯、360度の大スペクタクルは実に見事で感奮しました。この世のオアシスです。循環しているスキーバスを使うと、アレーゲから西のマルガチャペラ(MALGA CIAPELA)に行き、ゴンドラやリフトでマルモラーダやアラッバに降りられます。そしてセッラロンダの日帰りスキー観覧ができます。アラッバにはバスでも行かれます。アレーゲから反対の南に下りて西のファルカーデ(FALCADE)1150mに行けば、ドロミテJ番のトレ・ヴァッリ(TRE VALLI)のスキー場である。 また、アレーゲからテレキャビントリフとを乗り継いでコル・ディ・バルディに上って、反対側の斜面 を滑ってペスクルからスキーバスでセルヴァ・ディ・カドーレ(SELVA DI CADORE)1335mから山道を登り、フェダーレ(FEDARE)2000mに行き、チェアリフトで2413mのAVERANに登ると岩山の狭い尾根で反対は北斜面 のドロミテ@番のチンクェ・トッリ(CINQUE TORRI)、五つの塔のスキー場を降りてバスでファルツァーレゴ(PASSO FALZAREGO)2150mの峠に登り、ここからゴンドラで空中を登るとラガッツオーイ(LAGAZUOI)2800mの岩峰、裏側を滑降して行くと、ドロミテB番アルタ・バディア(ALTA BADIA)に滑り込める。チヴェッタはドロミテスーパースキーの南の基地で、多方面 のスキー場に足を伸ばすことが出来る。
 
トレヴァッリのスキー場:ドロミテスーパースキーJ番地域

 三つの渓谷のスキー場。1.ビオイス渓谷のファルカーデ(FALCADE)スキー場、2.サンペッレグリーノ渓谷のパッソ・サン・ペッレグリーノ(PASSO SAN PELLEGRINO)スキー場、3.ファッサ渓谷のモエナ(MOENA)スキー場。この三つの渓谷の村から造られたスキー場である。1と2は、両方の渓谷に跨ってスキー場が繋がっている。3つのモエナのスキー場は、スキーバスで行く、スキーだと山スキーのツアーになる。チヴェッタのアレーゲ996mを南下し、CENCENIGHE774mの村から西のビオイス渓谷を進むと、Jエリアの東の基点ファルカーデのMOLLINO1190mに着く。

ファルカーデスキー場

 バス停前からチェアリフト408、407、401、3基を乗り継いで行くと2513m標高差1323mのコル・マルゲリータ(COLMARGHERITA)に上る。ファルカーデスキー場で一番高い地点。ゲレンデは、東西に細長く開け、オープンスロープから森林地帯の林間2コースになっている。幅広く、三角形のスキー場である。雪質もよく、変化に富んでいる。山頂からパッソ・サン・ペッレグリーノの渓谷に向かって北側に、パッソ・サン・ペッレグリーノスキー場の森林地帯の幅広い林間コースが造られ繋がっている。

パッソ・サン・ペッレグリーノスキー場

 スキーバスでも行けるが、前記の南向斜面には、パッソ・サン・ペッレグリーノ村1918mバス停から309番ゴンドラが架けられている。標高差595m、上部オープンロープで林間コースをバス停まで滑り込める。道路の向こう側、北側に3003mのチーマ・ウォーモ(CIMA UOMO)が聳え、その麓にオール・オープンスロープのスキー場が縦に横に。東西南北に広々と開発された大きなスキー場である。ファルガーデ標高1910mから上った山頂からこちらのスキー場の北向斜面 を滑降して道路を渡り反対側南向斜面の短い310番のチェアリフトで上り、少し滑り降り306、308番チェアリフトで上ると2483m標高差573mのウォーモ・ピッコロ(UOMO PICCOLO)の細い屋根で、UOMO PICCOLO2483mの木製表示板が立てられてある。北側の深い谷の向こう側に3003mのチーマ・ウォーモの岩壁と山群が聳え立って実に雄大である。このスキー場は何処を滑ってもよいオフピステだらけだ。今回は雪が少なかったのでスノーマシンでよく降雪され、圧雪整備された広大な変化に富んだ長いコースを滑降した。新雪で、天候が良かったら、木一本、岩一つ無い、適度な起伏の大斜面 のロングコースを、帰りを忘れて豪快なオフピステスキーが堪能できたのではないかとリフトの上から眺めて残念に思ったが、素晴らしいスキー場だ。

モエナのスキー場

 ペッレグリーノの大斜面をパラレルターンでバス停の所に降りて、スキーバスでサン・ペッレグリーノ渓谷を西に行き、モエナの手前のロンキ(RONCHI1378m)村から201番テレキャビンで上り、VALBONA1820mで204番のチェアリフトに乗り継ぎルシア峠の山頂2380m標高差1002mレ・チュネ(LE CIUNE)に上る。VALBONAからはチェアリフトの左側に202番のゴンドラが架けられてある。オープンスロープの中級斜面 を2500m位ビオイス渓谷に向かって南に滑降し、1855m地点から206番チェアリフトで2340m標高差485mのLASTEから、南に向かって北斜面をやく3600m滑り降りるとビオイス渓谷のベッラモンテ(BELLAMONTE)村1373mのスキーバス停留所に降りられる。1549mのCASTELIRから、44、45番の乗り継ぎチェアリフトが架設されてあり終点から西に向かって600m位 行くと前記の206番のチェアリフトに乗れる。両斜面共上部は所々に林のあるオープンスロープで両渓谷に向かって森林地帯の中の幅広いピステが谷間の道路まで続いている。一ヶ所2000m位 の急斜面があるが、初級者、中級者が楽しめるゲレンデである。標高差は北側1002m、南側791m。3月6日で快晴であったが、雪は僅かに軟らかで滑りやすかった。1日や2日では全斜面 を滑ることは出来ない。三つのスキー場、トレ・ヴァッリはドロミテ最高峰3342mのマルモラーダ連邦の南西にあり、東西に長いスキー場だ。大自然のドロミティ岳風景を満喫できるエリアで、年齢に関係なくあらゆるスキーヤーが楽しめるスキー場である。
 
グランデ・グエッラ(GRANDE GUERRA)に挑戦

 五つの地帯、ドロミテ・スーパースキー12番チヴェッタ、1番コルティナ・ダンペッツォ、3番アルタ・バデア、6番アラッバ、マルモラーダを、リフトに乗っては滑り降り、スキーバスで次のスキー場に移動、馬橇に引っ張られ五つの地帯の大きなスキー場を滑って回る大スキーサーカスである。有名なセッラ・ロンダに対抗してつくられたスキーツアーである。3月7日、3日目にカプリーレのホテルを8時18分アレーゲ979mのテレキャビン@に並ぶ。マイナス5℃、晴、雲は少なく無風。始発で上りチェアリフト3番でコル・ディ・バールディに8時55分に上り、昨夜圧雪整備された初級ピステの初滑り、8時55分チェアリフト6番で2083mCOLFIORETに9時に上る。アレーゲからの標高差1,104m、サレーレ(SALERE)の中級の長い大斜面 を滑降、1,415mのペスクル(PESCUL)に9時20分に滑り降りる。標高差668m。9時25分のスキーバスでセルヴァ・ディ・カドーレ(SELVA DI CADORE)1336mからカーブの多い山道を登る。9時57分フェダーレ(FEDARE)に着く、標高2000m、バスの標高差は585m、10時に旧式二人乗りチェアリフト79番で上る。左側にドロミテの奇岩が続き美しい。山頂は2413mNUVOLAU標高差413m、バスに乗車したペスクルから標高差は998m、岩山の狭い山頂、バールがある。北側にはドロミテ@番エリア、コルティナのスキー場トファーナの南西で前回滑ったチンクエ・トッリの北斜面 、中級斜面を滑降、右側に5つの岩と新しくなったレストランを見ながら上部のオープンスロープから森林の林間コースをおりる。標高1889m、標高差524m。リフト乗場の横を通 り大きな駐車場を横切ってバス停から10時30分のバスでファルツァレーゴ峠 (PASSO FALZAREGO)2105m標高差216mに10時40分に着く。道路の向こう側の空中にゴンドラが小さく浮かんでいる。垂直に近い岩山に向かって支柱のないゴンドラが架けられてある。イタリアのゴンドラは支柱が少なく、とんでもないスリリングな場所に架けられてある。今日は混雑して、20分並んで11時5分に乗車、2752m標高差647mのラガッツオーイ(LAGAZUOI)山頂は素晴らしい展望台だ。北東にコルティナの3243mトファーナ、3221mクリスタッロ、3205mのソラピスの山群が聳え、西側にセッラの2900m〜3000m級の岩峰群、その南にドロミテ最高峰3342mのマルモラーダが氷河を抱えて垂直に切り立って聳える姿が一際目立つ。目を南に移すと昨日滑った3220mのチヴェッタと3168mのペルモ山群で、四方八方ドロミティ特有ドロマイトのギザギザに刻まれた岩峰が、塔や鐘楼や円筒のドームのように、紺碧の空に天に突き刺すように聳え立つ姿は実に豪壮である。イタリアが世界に誇る山岳地帯で、スーパースキーエリアである。遠くにはオーストリアアルプスの白い山々が連なる。眼下のいくつもの渓谷には、コルティナの街、アラッバ、コルヴァーラの村々が点在し、リフトが小さく見えた。360度のドロミティ最高の景観地と言われるだけあって目を見張るような絶景であった。ドロミティの驚嘆すべき景色も先を急ぐのでじっくりと眺望できなかった。狭い山頂を裏側に向かってスタート、両岩壁の連なるピステを滑り、平らな少し開けた場所にある石造りの山小屋チヒュッテで11時30分から15分小休憩する。標高2040m標高差712m滑り降りた、ヒュッテの裏はドロミテの岩峰が今にも覆いかぶさってきそうに迫っていた。日向で生ビールを飲みながら休む。平地から中斜面 のコースを左に曲がると大絶壁一面に氷とつららが青白く美しく張られていた。前回はゆっくり眺めたり写 真を撮ったりしたが先導者シルヴァーノは見向きもせずに突っ走っていった。初めての方は眺めたかったろう。岩山から森林の中に入り緩やかな平地になる。ストックワークで進むと、大勢のスキーヤーが止まっている。見ると先に馬2頭と橇からのロープを手に並んでいる。ここから50人か60人位 のスキーヤーが2馬力橇に引かれて緩やかな坂を走っていく。昔日本で馬橇に乗ったことがあったが、イタリアでは雪上車で引かれたのはセッラロンダと今年のトナーレスキー場で、馬に引かれたのは初めてである。馬橇もスキーパスが使えた。 12時15分ドロミテB番アルタ・バディア(ALTA BADIA)地帯に入る。少し滑り降りTバーリフト12番で上り初級コースをカッシアーノリフト乗場まで滑る。快晴だったが薄雲がでてきた。風はなく暖かい。チェアリフト11番に12時45分に乗って上る。コルヴァーラと昨年滑ったワールドカップ大回転コースのラ・ヴィッラから登って来た広大な台地である。中級コース800m位 滑降してチェアリフト8番で上ると2078mBIOCK、セッラの山群が目の前に現れる。左にマルモラーダ、その左奥にチヴェッタとペルモ、ドロミテの3000m級の名峰が堂々と構え、思う存分見てくださいと言わんばかりの容姿、絶景の山岳風景が手の届きそうな距離、周囲の景観の素晴らしさに心を揺さぶる。先程ラガッツオーイからの眺望と、今眺めると山は表情を変えている。朝、昼、夜と美しさを変える。雪はキラキラと輝き静かだ。時折、サーッと人が滑っていく音が聞こえる。右側のコルヴァーラの谷間に向かって行く大斜面 を見ながら、中級ピステをアラッバに向かい滑降、プラロンジァ(PRALONGIA)で遅い昼食。ヴィーノを飲みながら全身の筋肉を解す。ゆっくりの食事時間ではなかったが十分腹ごしらえをして出発。Tバーリフト16番で2140mのプラロンジァに上りゆるやかな台地の長いゲレンデを滑りドロミテ6番アラッバ地帯に入る。1760mの谷間からTバーリフト25番で2095m標高差335mMONTE CHERZに上り、パッソ・カンポロンゴ(PASSO CAMPOLONGO)の小さなスキー場の中級斜面 を滑降、Tバーリフト7番でBEC DE ROCES 2080mアラッバの南斜面を上った所、中級斜面 から初級斜面を滑り降りアラッバの街を横切り、向こう側北斜面の1629m地点から長いテレキャビン20番で上る。21番にそのまま乗継いでトップまで登る予定だったが、上部急斜面 の状態が良くないので中間駅2170m標高差541mで降りる。駅前のTバーリフト10番で2287mまで上り、初級コースで2187mMONTI ALTI DI ORNELLA に滑り降り、チェアリフト12番で2370mパッソ・パドン(PASSO PADON)に上る。ここからマルモラーダの東側岩場をチェアリフト沿いに中級コースを滑降。CAPANNA BILL1780mで道路に出る。左右岩峰の狭い谷間の緩斜面を道路とTバー沿いに降りる。雪はゆるんでいる。右側の岩峰の上部はマルモラーダの氷河地帯である。6000m位 滑り降り、コースから外れ右側岩山の中に入る。4〜6m位の雪道。左側に小川、両側は垂直に切り立った岩山が100m以上もそそり立つ奇岩で所々真っ暗な洞窟、日はほとんど差し込まない、僅かに夕方の空が見える。岩壁は氷の柱、氷の壁が青白く見事である。ラガッツオーイからの途中の氷壁を案内のシルヴァーノが見向きもせずに滑り降りた気持ちがわかった。ミニ・グランドキャニオンと言われているが、地図にも載っていないとのこと。プルークでゆっくり、じっくりと眺め、所々で止まっては見惚れる。眼前に次々と移り変わる千変万化の奇妙な形、大自然が作り出した芸術の谷、この世にこんな素晴らしいものが存在しているとは世にも不思議である。芸術の谷は圧巻の一言である。荘厳な深山幽谷、ただ驚嘆するばかりである。生涯胸の内から消えない感銘を受けた。日本のスキーヤーも大勢海外スキーに出かけているが、こんな凄い所は、馬場探索隊長でなければ探して行ける所ではない。有り難かった。隊員のみんなも感激したでしょう。価値あるツアーであった。名残り惜しく渓谷を滑りきると雪は消え明るく、ホテルやレストラン、バール、土産店前を下り、マルガチャペラ(MALGA CIAPELA)の停留所に着く。1449m、アラッバのパドン峠2369mから標高差920m、6500m以上の長いコースであった。17時15分バスに乗車、カプリーレのホテルに17時34分に帰着する。9時間21分、84キロ近く回ってきた。アラッバのテレキャビン21番で頂上2487m のポルタ・ヴェスコーヴォまで登ったら、おおよそ89キロ、酷な大ツアーであった。 翌日、完走表彰状を戴く、手書きの氏名とNo.00419が記載されてあった。数多くのスキーヤーの中で419人目である。私達が、日本人スキーヤーとして、グラン・グエッラに初制覇であった。夜の食事はワインが格別 に美味しく一段と盛り上がった。
 
セッラロンダ

 3月8日 4日目、晴、雲少なく風はなく暖かい ホテルを8時35分に貸し切りバスで出発。北に向かって町を出て森林の中を走る。カーブが多い。左は深い谷、右側は垂直に切り立った岩壁、谷間に集落、傾斜地は牧草地で所々に小屋が作られてある。車は大森林の中をかなり登ると下りになり、深い谷に下りて行く。渓谷が左右に分かれ左の谷沿いにまた上って行く。CERNADOIの小さな集落で谷向こうに移り南下して西に進む。ARABBAの表示板、山の中の傾斜地に集落、小さなホテル、ペンションが数軒、左側前方にマルモラーダの氷河が輝いている。9時7分アラッバ教会前に到着、32分かかる。距離は24キロ位 か、昨年1月宿泊のホテル・オリンピアの若主人ディエゴが案内、9時37分見える、挨拶、「ヤー、ナガノ」と言われ握手する。今日はスノーボードを抱えている。セッラロンダは今まで3回時計回りのオレンジコースだった。今回は半時計回りである。9時50分スタート、南斜面 1613m地点の短いチェアリフト5番で上り、緩斜面を降り、新しく架け変えられたチェアリフト8番1598mから北に向かって上る。2066m標高差468mBEC DEROCES、中級コースを滑降してカンポロンゴ峠のスキー場に降りる。1840m標高差247m、チェアリフト23番で2055m標高差215mに上って、テレキャビン下の林間コースを1535mコルヴァーラ(CORVARA)に下りる。標高差520m、平地を滑走、10時35分1535m地点のチェアリフト34番と36番の上りも下りも使用のリフトで1675m標高差140mコルフォスコ(COLFOSCO)、緩やかな斜面 をTバーリフト39番と39番aを乗り継ぎ少し滑り降り、またTバーリフト40番で2110mまで上り42番のTバーリフトに乗り継ぐ。時間は11時20分。11時30分山頂に着く。滑り降りた前方北に2600m〜2700m級のドロマイトの岩山が連なる。反対側南にはセッラの山群がそそり立っている。北と南の山が美しく眺められた。谷に下りるとガルディナ峠(PASSO GALDENA)2128m、チェアリフト41番で上る、11時40分2292m、コルヴァーラから標高差757m登った。コルフォスコからここまで殆どTバーでゆっくり上って来た。長いTバーリフト4基、クワッド1基で漸く辿り着いた感じだった。Tバーで引っ張られながら左側(南)のセッラの山群をゆっくり眺めることが出来た。時計回りのオレンジコースだと、ここは滑りながら雑と眺める所である。次々と繰り出される岩峰は、絶壁ギザギザに切り込まれた岩肌、細い沢、覆い被さるような岩、天を突き刺すような針峰と様々に見事な表情、赤銅色の山群はドロミテの蒔絵だ。観覧車ならぬ 引っ張られスキーで堪能できた。美しいセッラの山群は、コルフォスコからガルディナ峠までがいちばん間近に、他よりもひときわ美しく見せてくれる所である。登った山頂からは、西のセルヴァの町に向かって大斜面 である。12時3分今日初めて広々とした長い中級コース4500mをパラレルターンで快適に町の中まで滑り込んだ。セルヴァの街1569m標高差723m、セッラロンダでここだけ一ヶ所がスキーを外して道路を渡る所である。石段を登り12時11分1569mからゴンドラ29番で2254m標高差685mCIAMPIONIに上る。中級斜面 を2500m位滑降し、1780mからチェアリフト45番で上り、初級コース200m位 下りてTバーリフト49番で上って初級コースを降りるとセッラ峠(PASSO SELLA)2187m、時間は12時27分。チェアリフト55番でドロミテの名峰3181mサッソルンゴの1000m以上もある垂直の絶壁のすぐ下を上る。亀裂がたくさんあり、大きな空洞あり、崩れそうで荒々しい。間近で見ると奇妙な岩山である。セッラ峠から241m上った2428mの山頂で下り、中級斜面 を南側ファッサ渓谷に向かって1000m滑り降り、グリーンコースを外れ2234mからチェアリフト 152番で上り、2403mのコルロデッラ(COLRODELLA)の山小屋レストランで13時30分昼食。見晴らしの良いテラスでまずヴィーノロッソ。ここはモエナから北に上ってきたファッサ渓谷のカナツェイから長さ2472mのゴンドラで1411m地点から2395m標高差984m上って来た所である。 案内人ディエゴのお気に入りのレストランである。奇峰サッソルンゴ山群や渓谷を眺めながらゆっくり食事ができた。ゴンドラ駅、チェアリフト降場の横を滑り降りグリーンコースに入る。南東の谷にオープンスロープからテレキャビンの下の林間コース4000mを滑降。ルーポビアンコ(LUPO BIANCO)1721m標高差682mに下り道路下地下道を通って反対側からテレキャビン105番で南東に上り終点から107番チェアリフトを乗り継いで2426mベルヴェデーレ(BELVEDERE)に上る、標高差705m。北側下にポルドイ峠(PASSO PORDOI)とセッラ山群、ここからのサッソルンゴの眺めも雄大で素晴らしい。アラッバも間近い。北東の中級斜面 のを1700m位谷間に滑り降りて初級コースを西に4300m位滑降してアラッバに到着。先導していただいたディエゴのおかげで全員無事にセッラ山群を一周出来て有り難かった。スノーボードでの案内で、斜面 は見事に滑り降りて行くが、平地では所々往生して気の毒であった。スキーを脱いでディエゴのホテルオリンピアに行き生ビールをご馳走になった。 初めてグリーンコースを一周してみて、Tバーリフトが多かった。乗っている時間がTバーの関係か、少し長かった。滑走距離は余り変わらないような気がした。ゲレンデやコースの斜度はオレンジコースより中級斜面 が多いようであった。アラッバの山頂からコルヴァーラに下りる林間コースは、幅はそれ程広くないが距離が2800m位 で圧雪整備が行き届き、雪質もよく、小回りのターンで安心して下りられた。セルヴァの街まで下りる大斜面 は、左右が林で幅が500m位、長さは5000m位で大滑降が出来た。初級者は斜滑降でコースいっぱい使いプルークやシュテムターンで、中級者は大回りや中回りのパラレルターンで下り、上級者は、最大傾斜線に向かってストレート気味のターンでスピードに乗って滑降すれば痛快なスキーが楽しめる。幅が広く適度な斜度で凹凸 も少なかったのでコースいっぱいにパラレルターンで、雪を切りながら山回りを長く、自分で買ったスキーであるから遠慮なく運転(舵取り)して行けば、雄大な景色を眺めながらたっぷりとスキーが楽しめる。 セッラ峠のコルロデッラスキー場のオープンスロープからテレキャビン下の林間コース 4000mは、幅は広くないが圧雪整備され滑りよかった。最後のベルヴェデーレのスキー場からアラッバまでのコースは、上部オープンスロープをポルドイ峠の谷に向かって約1700mの中級斜面 から谷を初級者コースで何処のスキー場も、自然がそのままのオープンスロープや林間コースであった。雪の少ない場所は人工降雪奇が高い山頂でも完備され、十分雪を撒き圧雪も整備も良くできていた。スキーヤー(お客さん)を大切に気分良くスキーが出来るように心がけてあった。 最終日、3月9日も晴れ、雲はあったが風は少なくスキー日和だ。全員でチヴェッタのまだ滑っていないピステを地図を片手に探し午前中滑り、みんなで昼食をして解散する。 朝8時31分一番乗りでテレキャビンから4人乗りクワッドで登っていくと岩山の頭にパラシュートが降りて来たように雲が被さり、珍しい山と雲の姿に朝日があたり美しかった。  
 
ワイン工場を見学しショッピングしてボローニャに入る

 3月10日、晴、5日間滞在してお世話になったホテル・アッラ・ポスタを8時44分に出発する。カプリーレの街に日が差し、前方岩山も日を受け美しい姿で私達を見送ってくれた。何回か通 ったアレーゲ湖畔のテレキャビンの横を通って、堰堤の橋を渡って下りて行く、左側の谷と川が段々と深くなり樅の森林地帯を降りて行く、枯れ木のような唐松が縞模様のようで上にはドロミテの岩山がいろいろと形を変えて長く続いていた。小さな村、大きな町、発電所、鉄道、葡萄畑が見え、高速道路を走り、10時16分赤屋根の多い住宅街を通 ってワイン工場に着く、若社長が出迎え案内。14年前に創業の説明をしながら裏の葡萄畑に行き、苗木や育て方、品穣などを説明される。20ヘクタールの畑と離れた所にも葡萄畑がある。イタリアのワイン工場としては新しい方で、発泡性プロセッコ白ワインが中心で他に4種類作っている。畑は石がころころの荒れ地の傾斜地である。 85%輸出、日本には8%、15%が国内で飲まれている。葡萄畑の丘の上にホテルとレストランを造り、良いワインを飲みながら美味しい食事と、ドロミティの山岳地帯やヴェネツィアに近いので観光に来ていただく計画とのこと。一通 り葡萄の育て方ナドの説明をされ工場に戻る。ステンレスの大きなタンクが並ぶ工場には入り工程の見学と説明を聞く。事務所がとても綺麗であった。出来上がりの瓶詰め工場まで見学し、社長夫妻がバスに同乗して29分位 走り、12時7分田舎のレストランに案内される。地下蔵に下りるとワインが埋まるようにワイン棚にぎっしりと並べられてあった。ひんやりとした部屋の中で発泡白ワイン2種、赤も2種類、香りと味を見る。つまみにチーズやハムがたくさん盛られてあった。説明を聞きながら試飲する。食堂は1階。外見はそれ程目立たなかったが立派な格式のあるレストランで内装も良く、食器類も上等の品であった。白ワインで乾杯し食事が始まった。白、赤、リキュール、グラッパの飲み物で美味しい地方料理を味わい、雑談しながら飲んでは食べて13時10分から14時40分まで楽しい一時を過ごした。オーナーの接待でご馳走になり有り難かった。工場に戻り製造元の値段でよい品のワインやグラッパを買って、オーナーに礼を申し上げ15時45分に帰路につく。 高速を走ってボローニャ市内に入り18時35分ソフィテル・ボローニャホテルに到着。日が暮れた。ホテルは、国鉄ボローニャ駅前道路を隔てた真ん前でアクセスの良い場所である。市内見物は出来ず、外のレストランで夕食。 翌11日朝は曇、日中薄日で風も少なく涼しい一日であった。早く目覚めたので駅の中を見学。ホームに上ると、ミラノ、フィレンツェ、ローマと結ぶ幹線鉄道ホーム、ヴェローナ方面 、ヴェネツィア方面とたくさんのホームがあり交通の要だと感じた。ボローニャは、美食の町で、駅の食堂まで美味しいと言われているので覗く。立食を含め4部屋有り、メニューもたくさんの種類があった。早朝なのか立食が混んでいた。売店もたくさんあったが一部だけ営業していた。駅弁も、パン、パスタ、肉料理、生野菜、チーズ、ポテトフライ、果 物にワインがついてフルコースになっていて美味しそうであった。駅弁を買って観光しても良いと思った。構内一通 り歩いてホテルに帰る。  
 
ボローニャ

 ボローニャは、イタリア半島の付け根のような所にある。エミリア・ロマーニャ州の州都、西部のアペニン山脈の斜面 の最前線に接し、ポー平野の南端に位置する。ヴェローナの南東125キロ、フィレンツェの北95キロ、ヴェネツィアの南西154キロにある。ミラノから特急で約2時間、フィレンツェから1時間、ヴェネツィアから2時間位 で着く。人口約448,000人。紀元前10世紀には大陸と地中海の交易の要になっていたと言われる古い町である。鉄道や自動車の交通 の便がよいので、産業、商業の中心である。町は旧市街を中心に広がっている。マッジョーレ広場が旧市街の中心で、主な見所は、ここから半径1.5キロの地帯に集中している。11世紀には文化、学問の一大中心地で、当時の貴族の館などが残され、中世の面 影の色濃い街である。ボローニャには世界一が二つある。世界一古い総合大学、世界一長いアーケード(ポルティコ)である。 1日だけの観光なので、事前に計画した順序は変更して、一通り眺めることにした。ホテル前を右に100m位 行き右折すると、左側に城壁跡と近くに大理石の階段と彫刻が立派であった。南に向かって緩やかな坂を900m位 行くとネットゥーノ広場(PIAZZA NETTUNO)に出る。この通りは、左側が広場まで長い露店が続いていた。広場の中央にネットゥーノの噴水がある。筋肉隆々たる海神ネプチューン青銅像と海の女セイレーンたちの群像は、やや荒々しかったが豪壮で豊かな水をたたえていた。大勢の観光客が来ていた。隣に続いてマッジョーレ広場(PIAZZA MAGGIORE)、ボローニャ最大の広場で、街の中心広場である。正面にサンペトローニオ聖堂(BASILICA DI SAN PETRONIO)。ゴシック様式の建物で、横58m、奥行132m、高さ44mと巨大なもので、14世紀末建築が始められ、約300年にわたって工事が続いた由緒ある建造物で、正面 ファサードの上半分は剥き出しの石がそのまま露出している。未完成であるが、荘厳は充分保たれている。広場で圧倒的な量 感を持っていた。中央入口の扉を飾る聖母と幼児キリストのレリーフはあまりにも有名である。初期ルネッサンスの傑作。寺院の中に入る。聖堂の内部としては最大級のもので、数多くの芸術作品を蔵している。左右の壁に大きなフレスコ画が見られ、ドーム天上にも太陽の絵が描かれ、中心の天上の穴から光が差し込み床に日時計の役割をしている。ステンドグラスもたくさん取り付けられ、15世紀の作品である。オルガンはイタリア最古のものと言われ、15世紀の作である。寺院の反対側にポテスタ宮、右側広場の西に市庁舎が建ち、広場を囲んでいる。

パラッツォ・デル・ポデスタ(PALAZZO DEL PODESTA) 外見する。宮殿のファーサードはルネッサンス様式で、1階部分はアーチを並べ、アーチとアーチの間に列柱があり、その上に欄干が乗っている造りになっている。屋根裏部分には小さな円窓がついている。隣接してエンツォ王の館がある。13世紀の建物で立派な中庭と階段がありアレンゴの塔が聳え立っている。


市庁舎(PALAZZO COMUNALE) 外見する。左手部分のポルティコと塔は13世紀に造られ、右側部分は15世紀、中央部分の大きな玄関が16世紀と、異なった時代に造られたと言われている。玄関左手上部に1478年作聖母子像が見られる。外壁に、レジスタンス運動の犠牲者2000人の写 真がはめこまれている。2階3階の豪奢な部屋の彫刻や絵画など立派なコレクションは見ることが出来なかった。 この2つの広場と、斜塔の立つポルタ・ラヴェニャーナ広場(PIAZZA DI PORTA RAVEGNANA)の3つの広場がボローニャの心臓部である。


斜塔(TORRI PENDENTI) ネットゥーノ広場から東へ200m程行くと、ポルタ・ラヴェニャーナ広場に寄りかかるように2つの堂々たる塔が高々と聳え立っている。12,13世紀はボローニャの黄金時代で、富裕な市民たちは富と権力を誇示するため、こぞって高い塔を建て200基もあったという。現在は2つの斜塔が残っている。高い方をアジネッリ(ASINELLI)高さ97m、西へ2.25m傾いている。1109年建てられる。低い方はガリセンダ(GARISENDA)高さ48m、3.2m傾斜で、ピサの斜塔並み、1110年に建てられた。昔は60mの高さがあったが、傾きすぎたため、上部を切り落とされ現在の高さになった。赤レンガの古びた塔である。アジネッリ塔に入り、すり減った木の階段を昇る。きつい勾配で、ごつごつした石の剥き出しの壁に沿ってぐるぐる巻きながら階段が取り付けられ、所々に踊り場や小さな窓がある。狭苦しい角筒の中、486の階段はまだかまだかと続き、昇るのが嫌になる。やっとの思いで最上階に昇る。塔の頂きに出ると、市内のパノラマは素晴らしい。塔を出るとつい階段をたくさん昇り降りしたので疲れ、広場のバールで赤ワインを飲んでまた歩く。


ボローニャ大学(UNIVERSITA DI BOLOGNA) 11世紀に設立されたヨーロッパ最古の大学。13世紀にはヨーロッパ各地から集った1万人の学生がいたという記録が残っている。ローマ法の研究や、14世紀に解剖学の講義と臨床が行われたという伝統ある医学部の評判が高い。 赤茶けた石造りの本館は塀に囲まれて古々しい。斜塔のあった広場から北東に450m程の所にあった。現在の建物は19世紀以降の建造で、それ以前は、サンペトローニオ聖堂に向かって左側のアルキジンナージ宮殿(PALAZZO ARCHIGINNASIO)、現在は市立図書館、1803年までボローニャ大学本部だった。


国立絵画館(PINACOTECA MAZIONALE) 大学の先100m位の左側。外見する。 13〜18世紀のイタリア絵画を収蔵している。ボローニャは絵画のなんたるかがよくつかめるようなコレクションである。名画が揃っているので見学したかったが時間がなかった。このザンボーニ通 りは16〜18世紀の記念すべき古い建物が並ぶ通りとしても有名である。


ストラーダ・マジョーレ(STRADA MAGGIORE) 斜塔の建つポルタ・ラヴェニャーナ広場から南東に伸びる大通 りは、両側にゴシック様式/クラシック様式の建物が並び、アーケード(ポルティコ)で飾られた非常に美しい通 りである。44番地にある1658年に建てられた館の中には工芸博物館とダヴィア・バルジェリーニ絵画館が設けられている。通 りを見て歩く。


サント・ステファノ教会 ストラーダ・マジョーレ大通 りを戻り、斜塔の建つ、ポルタ・ラヴェニャーナ広場に出て南側のサント・ステファノ大通 り(VIA SANTOSTEFANO)を南に歩く。古いボローニャ街並みを行くとルネッサンス様式の建物に囲まれた広場に面 して、5世紀から12世紀の4つの教会と、いくつかの礼拝堂が寄せ合って立っている。教会群を一巡できるようなっていたが外から眺める。エルサレムの聖墓所をかたどって建てられたといわれる教会の一群は、簡素だが安らぎを与えてくれる。教会に向かって緩やかな傾斜のある美しい広場でにぎわっていた。 他に回れなかったが、古代エジプト、古代ギリシャ、ローマ時代の収蔵品が揃えられている市立考古館。16世紀の建物で、17〜18世紀にかけてのコレクションが集められている、大切な図書館、パラッツォ・デル・アルギジンナジオ。1267年建造で、祭壇画、フレスコ画の見事なサン・ジャコモ・マジョーレ教会。13世紀初頭に建築が始められ、聖ドメニスクの豪華で著名な墓所の装飾が見事でミケランジェロも協力した。二人の聖人と一人の天像の飾りは1490年作であまりにも有名。芸術作品の宝庫と言われているサン・ドメニコ教会。大理石の見事な主祭壇画1392年作が飾られてある。サン・フランチェスコ教会。市の西郊の貴族の館の東側にあり、市の東5キロのネクロポリスから出土した。紀元前9〜6世紀のヴィッラノヴィア遺跡の市立博物館。その他まだ沢山ある見どころは次回に訪れることにする。観光局がつくった案内パンフレットには「3日間ボローニャ見物」とある。


柱廊(ポルティコPORTICO)。いたる所に様々な時代のポルティコが見られる。12〜13世紀にかけて急激に増えだした。急激な人口増加による住宅難を解消するためだったらしい。道路を残して上部を増築した。ボローニャの中心街は傘なしでもだいたい歩ける。中世風、ルネッサンス風、バロック風などのアーケードの下でお茶を飲んだり、おしゃべりをしたり、傘なしで買物をしたり、市民の生活と密着している。ストラーダ・マジョーレはポルティコに飾らした美しい通 りである。町の南西にあるサラゴッツァ門(PORTA SARAGOZZA)から、サラゴッツァ通 りを西にVIA S. LUCAに至る3500mに及ぶポルティコの通りは世界一長い柱廊の通 り、アーチの数は666個、17〜18世紀半ばにかけて建設されたものである。時間がなかったので見に行かぬ 。一日よく歩いた。


ショッピング ネットゥーノ広場のVIA UGO BASSI。サンペトローニオ寺院脇か、VIA DELL ARCHIGINNASIOが、ボローニャきっての洗練された店が並んでいる。またVIA DELL INDEPENDENZAもよい。履物店が多かった。 ボローニャの旧市街は城壁に囲まれ、東西南北の各所に門がある。町は旧市街を中心に広がっている。中心はマジョーレ広場。多くの教会、美術館、博物館があり、11世紀から17世紀にかけて建てられた堂々たる貴族の館や、中世の塔などが残されよく保存されてある。町全体が赤茶け、重厚感が漂う古都である。 また建物の軒先を飾る柱廊が通りに連なり、美しい風景である。町は中世から今も生き続けている美しい都である。街全体の美しさはイタリア随一と言われている。また、美食の町と言われている。イタリア最大の穀倉地帯、ポー平野の質のよい材料、アドリア海の幸に恵まれ、イタリア食通 の天国である。

今回はいろいろの方にお世話になりました。馬場隊長を始めに、グランデ・グエッラ・スキーツアーの案内にシルヴァーノ。セッラロンダの案内にディエゴ、レストランで昼食を接待していただいたワイン工場の社長に御礼申し上げます。


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