イタリアスキー実体験レポート メンバーズボイス・アンケート イタリアスキー達人のコメント

2002 season 最新実体験レポート

アルプスキークールマイユール&チェルヴィニアと南イタリア
2001.2.17〜2002.3.5
川田 良吉[初回]

モンブランの麓クールマイユール

スキーガイドと大滑走

 月曜日、朝食後にスキーの支度を整えてクールマイユールのホテルのロビーで待っていると、予定の8:30より早めに「スキーガイドが来た。」と主のアンドリュウが伝えてきた。スキーウエアーを着て準備をしていた私は、グローブを突っ込んだヘルメットとスキー靴の入った袋とを持ってフロントへ出た。靴はまだ雪靴でスキー板はレンタルの予定である。二人は互いの名前をつげ合って握手をし、簡単な挨拶をした後に車に乗り込んだ。ガイドのGIANFRANCO SAPPAはアルパインスキーのMAESTROである。

 国道26号に沿って800m程を車で南へ行くと、ケーブルカーの駅があり、スキーヤーや車で混雑している。「駐車場に車を置いて来るから、それまでここで待っていなさい。」と言ったジャンは、戻って来ると「スキー板のレンタルはここでもよいし、ケーブルカーの頂上でもよい」。しばらく間をおいて「これから、可能性がある時には私はあなたに告げるが、選択はあなたがすることができる」と控えめに言った。私は駅の向かいのレンタル店で板を借り、スキー靴に履き替えた。これでいつでもスキーOK。駅舎の右手のスキーパス売り場で5日分を買う。パスの寸法はクレジットカードと同一。ケーブルカーを待つ間に人心地が付く。2002年2月18日(月)の9時を過ぎたと思うが快晴で、急がしく動く色とりどりのスキーヤーの足元が東の裏山から昇ってきた朝日に映える。

 ケーブルカーは、町からアオスタバレイのV字型の谷を東から西に直角に横切ってクールマイユールのゲレンデの取っ付きのプランチェクロウにたどり着く。海抜1200mから1700mの標高差500mで、距離2000m。谷から数百mも高く吊り下がるので途中に支柱がなく、立席の130人乗りケーブルカー2台がつるべ井戸のように往復する。これを5日間往復することとなる。

 谷底には冬の細い水の流れに沿って、国道26号の他に工事中のA5自動車道がある。A5は北4kmのエントレベスでモンブラントンネルT1につながる。T1は数年前のトンネル事故で未だ不通。ケーブル終点の手前にはドロンヌ村があってカッテージが点在し、リフトやスキーヤーが細かくやっと見える。

 ケーブルカーのプランチェクロウ駅舎を出ると銀世界。Dreams come true. ALPSの雪の上に立つ。名のとうりの平らな雪の上を西へ400m程行くとリフトやゴンドラが数本あって、その間にキッドスノウランド、レストランなどが集まっていて、スキーヤーで賑わっている。

 そのうちの1本のゴンドラをジャンは選ぶ。このチェクロウゴンドラは全長1895m、標高差556mで海抜2260mのラーゴチェクロオに着く。

 このラーゴチェクロオの終点の建物のすぐ左に明るい戸口があるのに、ジャンはそれに構わず右側のトンネルのような通路を進み外に出た。建物の上には、更に太いケーブルが掛かっていたがゴンドラは見えない。このヨウラゴンドラとその先のアープ(2755m)は、何故か5日間クローズだった。ラーゴチェクロオからプランチェクロウまで1895mを一気に滑る。レッスンだと指導員が先に滑りそれをまねて生徒が滑り、解説があって次のスロープなのだが、今回はガイドなのでジャンの背中に続いて滑る。行き先が判れば先行もする。だから滑りに連続性があり、解説が頭に引っかかることもなくスキーという運動に気持ちが集中する。先行して滑るジャンの動きは直接私に伝わり、レッスンにもなる。客は私一人。がっしりした幅広いジャンの背中は頼りになる。

 クールマイユールのゲレンデは東西に5km、南北に3kmで東面し、白馬八方より一回り広い。海抜は八方より900m高くてその分、雪質はよい。広い南側の東面するシェクルイ側と厳しい北側の北面するバルベニ側とはつながっている。シェクルイ側のゴンドラ、チェアリフト、Tバーリフトを何本かガイドしたジャンは、ラーゴチェクロオあたりで、北の方の山脈を指差して語りだした「あの白く光るのがモンテビアンコ(モンブラン4807m)その左(西)はデルミアゲ氷河で足元のバルベニ(渓谷)につながる。右はデラブレンバ氷河で中程が大変くびれて落差も大きく、ガラガラしたブルーアイスが見えるでしょう。崩れる時には天地にこだまする大音響を発する。これもバルベニにつながる。山脈の更に右の方に大きく尖ったものがジャイアントトウース(4014m)」と自分の歯を指差して言う。山稜から際立って突出し、目測で底部100m高さ250mの1個の巌か。「更に右の山塊がグランジョラス(4206m)。その足元に広くなだらかに右の北東に延びるのがバルフェレでクロスカントリーができる村が点在。正面のモンテビアンコの直下の中腹に、バルベニから登る1本のゴンドラのトップ近くに建物が見えますね。モンジーノ荘(2580m)で、夏には人気がある」。快適なホテルなのだろう。5日間クールマイユールを滑ったが、フランスとの国境をなして北にいつも見え、モンテビアンコとグランジョラスに至る山稜とその裾野の氷河と青空は、ワイドなスキーの背景として最高だ。



 ジャンはラーゴチェクロオから東の方へ少し滑った後、北の方へ滑り出した。突然、狭い急斜面が足元に現れる。林に囲まれてジグザグしてるから先がどうなっているか全く判らない。大回りは全く無理で中回りと小回りを基本にシュテムを混じえていっきに滑降。ここで気弱になったら後の9日間のアルプスキーがオジャンになるとガッツを出す。いつもの「前へ進め!」だ。体力もいる。コースを5、6回曲がると緩かなコースに突き当たる。つまり迂回する林間コースを急斜面でショートカットしたのだ。私はやったと思ったが、ジャンも満足気だった。厳しい斜面はDIRETTAと言い、林間コースはINTERNAZIONALEと言う。国際を行くと次第にゲレンデは広く明るくなり、ゼロッタに着く。一休みということにしてスキー立てを探しているとジャンはそこに置けばよいと言う。見るとみな適当に雪面にスキーを置いてある。どこでもずっとそうでスキー立ては見たことがない。広いからだ。立ったまま一服している間にジャンは顔見知りか何人かの人たちと話をしていた。

 ゼロッタ高速クワッドに乗り、シェクルイ側のコウルバゼロウナに戻る。このクワッドは海抜1520mから標高差560mの2080mまで全長1348m。ここからリフトを2、3本乗り継いでクールマイユールの最西北端プランデラガッバリフトのボトムに降りる。このリフトのトップ2334mからの下りコースは、幅が広い丸底状であり長い中斜面が適度にくねり、自然に大回りになる。ブランコに乗ってるようだ。ジャンとすれ違う度に目が合いジャンは「気持いいですね」と言い、私は「はい、ほんとにそのとうり」と答える。左手にはモンテビアンコの山稜、やがてさっきの国際林間コースにつながり、DIRETTAコースを右に見上げてゼロッタに再び着く。


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