■モンブランの麓クールマイユール
6ロビーの人々
Hotel BOUTON D'ORの玄関を入るとすぐ右にふロントがあってその右がエレベータ、更にその先が食堂。フロントをまっすぐ行けばロビーに入り、右にバーが、左に3面がガラスの広いロビーがある。ロビーにはコの字状に長いソファーで囲まれたスペースが手前と奥とにあって自然につながっている。いずれも真ん中に座卓があり、奥のスペースには耐熱ガラスで覆われた暖炉に薪がくべられている。軽井沢の鹿島のホテルでは、はじく火花が金網を越えてこちらに飛び交って来たが、耐熱ガラスではその恐れが全くない。
このロビーを朝使うことはあまりないが、滑ってきてから夕食に出かけるまでの5時から7時までの間や夕食後の1時間を紅茶やリカーなどでゆったりと過ごす。兄弟たちと一緒のキーの少年に、スキーは面白いか聞くとコクンとうなずき、父が彼は早いんだと言うとニコリとする。
ある夕は、紅茶を飲んでいると、お父さんと少年が座卓をはさんでトランプをしていて、飽きるとチェスを始めている。お父さんは次の2、3手を教えているようだ。ソファーでは少女が色鉛筆で画帳に花やら動物を描いている。貸してくださいと画帳の新しい頁に、シンプルに富士山の絵と新幹線の絵とを描き、これは何ですかと聞くとTrain!という。お父さんはそうだとうなずく。折り紙ができればよかったと思う。
別な夕は、手前のスペースのソファーに座って紅茶を飲んでいた。木箱に10種類近くのティーバッグがあり、スキーの後なのでミルクを入れてお代わりする。奥のスペースに家族づれが時間を過ごしている。その中の婦人が何か言いたげに2、3度こちらを横目で見るので、足を運んで寄ってみた。靴のままで側に正座すると、向かいの赤ちゃんを指して「ペットボトルにひまわりの種を入れてるの、お金がいらない」と言う。赤ちゃんはそれを手に持ってガチャガチャと元気よく振っている。折畳み式の子ども用の椅子に座った赤ちゃんの隣りの男性(後で、64歳の祖父と言う)が、ガラガラを右手に持ち替えさせると、赤ちゃんは右手でガチャガチャ、両足をピヨンピヨン。おとうさんなど家族が出入する。赤ちゃんはほんとに赤い。
How old is she? に Ten months.「ここまでお住まいからどのくらいかかるのですか?」と尋ねると「車で2時間少しですから、赤ちゃんも楽です」。2時間はイタリア、フランス、スイスが考えられるが、国籍など尋ねない。三世代の家族は1週間のバケーションを楽しみ、一人の私をしばしの仲間に加える。この辺でとチャオで元の席に戻り、タバコを吸い紅茶をすすり、部屋に帰る。
このような家族やキーの少年の家族やチェスの少年と画帳の少女の家族、Eat wellのおじさん、宿のアンドリュウ夫妻などと1週間を過ごすのは、ゆったりと落ち着いて和やかであった。一週間滞在形のリゾート。
クールマイユールでのスキーは5日を予定していて、中日はお休みでもよいとしていた。スキーガイドとの月曜の後の4日間も結局よく滑った。火曜日の朝はケーブルカーまで歩いて行ったが、水曜日からはアンドリュウが車で送ってくれることが分かった。或る時はアンドリュウのいない車で待っていると、スキーの支度をした二人づれが玄関からスキールームへ入って行くのを見た。それを見て、戻って来たアンドリュウに言うと、少しして板を持った二人づれが出て来て皆でケーブルカーへ。適当にピストン往復しているようで、リゾートの宿の主は大変だ。時間がバラバラになる帰りはどうなのか。
私自身は板を預けて雪靴に履き替えてアフタスキーの体を整えるためと、町の探索を兼ねてメインストリートを歩きながら宿へ帰る。路地の近道も憶える。ときどき教会の側のスキー協会へ寄る。バレブランシュ氷河スキーツアーのためだ。だいたい、めんどうな話しに入る時の常套語、Excuse me,I speek english a littleで始める。結局、私の名前と宿をブッキングして、天候と集まる人数(6人前後)とにより、朝8時に各宿でピックアップして帰りは午後7時頃で、前日の夕7時過ぎに決行の有無を電話連絡するとなった。認定のある国際アルパインガイドを含め費用は50ユーロ(二人までは200)と聞いているし、オフピステのバレブランシュ氷河スキーのあとエギュドミデ経由でシャモニに至る10kmのコースの帰りは(モンブラントンネルが閉鎖されていて)サンベルナルドトンネルを経由する遠回りの100kmの車になるのである。ジャンからは、ランチは現地、他に防寒用に1枚の上着、水とチョコレートとサンドイッチと聞いていた。結局、木曜の午後7時に人が集まらないので中止とホテル経由で連絡が入った。[モンブラントンネルが閉鎖されている]という10年近く前の話しは禁句にしてた。
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