■モンブランの麓クールマイユール
7痛快な自由スキー
クールマイユールでは、ゼロッタへ毎日行った。ゼロッタに向かってDIRETTAから国際林間コースの中間に右へ上がる1本のリフトXのボトムがあって、少しV字登行をして取り付けるのだが、苦しくなってゼロッタに降りてしまう。また、ゼロッタ高速クワッドのトップ近くに右へクロスするかったるい林間コースがある。試しにこのコースを下ってみた。するとさっきのリフトX(PEINDEINT)のトップに着く。そうだ、ゲレンデマップを見るとGIGANTEコースとある。斜度と幅は志賀高原のジャイアントと似ているがコースは1200m(落差366m)で先が見える程度にくねっている。発見である。まばらにスキーヤーがいるが、立ち止まっている人や滑っているスキーヤーを遠巻きに落っこちるように痛快に滑る。北東斜面で雪もグッド。やめられない。スキーとは、板の裏とストックの先だけを雪に触ってそのピステを出来るだけ短時間に下まで到達するもの。その後も時につれこのGIGANTEコースに戻る。ボトムで国際につながり、ゼロッタへ。宿の少年達がコースを外して木の間のオフピステをチャオといってショートカットし、後から親が。私もそれを見習う。
ある昼食でプランチェクロウの食堂Christianiaに行く。スキー板を雪面に置き、中に入って立って席を探していると、すでにテーブルを前にして座っている少年の視線が私を射る。不思議に思って頭をずらすと視線は私の目と一本の糸でつながって動く。Do you know me?ハ Yesで宿のあのキーの少年と認識する。ウエイタに案内されてチヤオと手を上げ、離れた席に着く。一人一人の個人を認識できないのである。
ゼロッタばかりではとラーゴチェクロウを少し下った所でランチにする。サンドイッチと水をテイクアウトし、ワイドなモンテビヤンコの山稜と氷河と青い空を目の前にし、広いゲレンデに囲まれた屋外のテーブルでゆっくり昼食。ここには別にレストランがあってテーブルはそちら用らしいが知らぬが仏。
クールマイユールの最北西端のプランデラガッバリフトのトップ(2334m)は運休中のヨウラゴンドラの中程にあり、ラーゴチェクロウのトップより75m高く、500mをスケーティングを混じえてラーゴチェクロウに着く。ここに食堂チェクロウ(CHEZ CROUX)がガツンとあって時々立ち寄る。広いテラスで食べてると主が出てきて、上下20cm、幅60cm程の丸めたワイド写真を広げ、モンテビアンコ、巨人の歯、グランジョラスなどを教えてくれる。こちらがイタリヤ語がだめなのが判っても、大声にイタリヤ語で説明する。これが国際人と思う。ワイド写真をこの店で売っているかと身振りで聞くと下の町だと身振りで。その日、町の本屋でワイド写真を買った。ラーゴチェクロウは南のTesta d'Alp(2747m)の中腹だが小石を拾って北のモンブランの石とみなして持ち帰った。
ところで、ゼロッタクワッドの終点はコウルバゼロウナ(COURBA DZELEUNA)で、南のシェクルイ側と北のバルベニ側との接点の一つ。クールマイヨールの中点で他に二本のリフトが集まる。幅広で短くよく滑られて急なつるつるのアイスバーンの広場みたいなスロープ。右へ行けば緩い林間コースを経て急なGIGANTEコースへ、左へ行けば南のシェクルイ側か北のDIRETTAへとになる。20m行った突き当たりが食堂。よく通る所。ゼロッタクワッドを降りて広場のスロープの途中で、急に「コニチワ!」と「ニ」にアクセントのある挨拶を受け、反射的に止まって「ボンジョルノ!」、同宿だと失礼だから聞くと、そうではなく「よく見かける」でスキーはよいですねなどの話しに切り替え、チャオで別れる。この2、3人の男性グループと突き当たりの食堂でコーヒーでも飲めばよかったと思う一方、コニチワは国際語であり、ゲレンデの大人でヘルメットを被っているのは私だけと実感したり、スキーヤーとか欧米人は人懐こいとか、週間スキーの面白さとか色々浮かぶ。東アジア人は5日間、私以外、結局いなかった。なおスノウボーダーは僅か。
シェクルイ側にはマエストロに連れられた5、6人の小さい子どもグループに時々合い、皆ヘルメットを被っている。リフトで乗り合うと「この子を頼む」で同席になる。バーを下ろし隣りの子の肩をそっと前から押さえる。普段から子どもを守る社会と感じる。その子はチャオでリフト終点をするりと前へ滑って行った。ゲレンデになれて5日間は体力的に持たないと思ってたが、北はハードに、南はレイルターンと小刻みウエーデルンを練習する。最後の日(金曜日)、ラーゴチェクロウから2000m程を一気にプランチェクロウへ。すぐ130人乗りのケーブルカーに乗る。いつものように肩が触れ合う混雑でスキー板を持ちヘルメットは被ったまま。隣りの男性が話し掛けて来て、この週のスキーは△△がよかった。○○には救助のヘリコプタが来たとか話ししているうちに、「ティーチャーですか?」と聞かれる。英語がだめで、めんどうになりそうだし、同宿でもないというし、すぐ終点なので、「違います」に、彼は「貴方は毎日よく滑ってました」、「それほどよくありません」。昨日はこのカーで婦人から「他にエントレベスなどのスキーエリアがあります」、「車がないので……」と。ヘルメットは目立ったのか。
ケーブルカーを降りて板を返し、5日間使用済みのスキーパスを換金するために窓口に並んでいると、離れた道路の方でMister! と大声がする。私のことではないと思っていると、またMister! 右を振り向くと男が手を振って「アンドリュウが車で迎えに来ている」という。大助かりだ。カーキー色の地味なウエアでヘルメットは手にしてるのに、東アジア人は目立つのかといぶかしく思う。私の方はといえば、5日間、朝夕かなりの同宿者と合い挨拶か多少の話しもしているのに、アンドリュウ以外、キーの少年を含めて誰も認識できなかった。異国人感とか閉じこもり感は持っていないつもりだが、やはり国際人ではなのだろう。
8アオスタバレーをドライブ
土曜の朝、クールマイユールからチェルビニアへ送迎車で向かう。客は一人。アオスタ県のこのValle dユAostaには国道A5とE25とがほぼ平行し、また鉄道とドラ川と共にひたすら東へ東へと向かう。Valle(谷)といっても流れは穏やかで両側も平地に近い。伊那盆地を思いだした。緑の芽が吹き出しているようである。皆赤い瓦の家が点在してのどかな田園風景。近くに水力発電所の導水管が、遠くにリフトのあるゲレンデが時々見える。アオスタは電力を輸出しているという。未だ放牧していないが、人ひとりに羊が3頭というので、ニュージーランドでは人ひとりに羊が20頭と混ぜっかえしてしまった。この辺にはの村毎に教会がたくさんあるというのに、「貴方は日曜日毎に、教会へ行きますか?」でまた失敗。2時間程、風景を楽しんだあと、車は左折して北上し山間に入り、やがて急な道を何回もジグザグする。運転手はクールマイユールはスムーズだが、チェルビニアはこの坂が難儀だというので、住まいを聞くとクールマイユールという。30分程でチェルビニアのホテルに着く。正午ごろか。
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