■マッターホルンの麓チェルビニア
3ゴンドラが動かない
日曜日の朝食後にスキーの支度を整えてチェルビニアのホテルのロビーで待っていると、予定の8:30より早めに「スキーガイドが来た。」とフロントが伝えてきた。準備をしていた私は、ガイドのマルコと簡単な挨拶をした後、チェルビニアとツェルマットとの2日間のスキーガイドのバウチャーを渡して車に乗り込んだ。ホテルから5分程でゴンドラの駅舎があるゲレンデに着く。すぐ近くでスキーをレンタルして駅舎に入る。
スキーパスはゴンドラが動いてないので売らない。山の上の方は風があるからだと。マルコと私はバーがあってそう広くはない待合室でゴンドラが動くのを待つ。椅子に座る人、立ったままの人でいっぱいである。やっと椅子に座った私は前の人に「タバコ吸ってもよいですか?」と聞いてからやおらタバコを吸い始める。向こうも吸い始める。三人の女性はゲレンデで仕事をしてるから待っているそうで、日本に雪はあるか(日本人と決めかかって)とか、どこに住んでいるかとか、スキー場までどのくらいかかるかとか、聞いてくる。相応に少し多めに答えて、断続的に話が続く。マルコと私はカプチーノをすする。
30分程待ってから、マルコは外からも天気情報を得て、今日はゴンドラは動きそうにないから中止にすると言った。スキーを返し靴を履き替えてから、ホテルに帰ることになる。スキー予定は5日間、ガイドは1日はチェルビニア、もう1日はツェルマットとなっている。駐車場で、マルコは第三、四日に予定が書かれている手帳を見せて、第二日と第五日がガイドできると言った。私は最後の第五日のツェルマットガイドは意味がないと思った。ホテルのロビーで二人は相談した。第一日は天候不順でいたしかたないが、バウチャーが無効となるのは馬鹿みたい。そこでバアウチャーを一旦返してもらい、マルコに状況と見通しとを書いたメモが欲しいと頼んだ。A4の紙にイタリア語で書いてそれを英語で読んだ。天候を含めて状況と見通しとが淡々と書かれているようだ。OKして、マルコはコピーを取り、私はオリジナルを貰った。厳し過ぎるかと頭をよぎったが、これからの旅の気概を損ないたくないと思った。二人ともこのメモが何になるか判らない。10時ごろ明日を約して別れた。
4スキーガイドとスイス国境へ
月曜日の朝、マルコが迎えに来た。バウチャーをあらためて渡してブリュール(チェルビニアの古い名前)のゲレンデに向かう。左右に各500m離れてリフトがある真ん中のゴンドラに乗る。このブリュール−プランマイゾンのゴンドラは海抜2000mから2555mまで独立して2本が平行して運行されていてどちらでも同じ。ここからLCビアンチェ(2812m)を経由して2本のゴンドラを乗り継ぐと国境のTesta Grigia3480mに着く。ひたすら東に向かうゴンドラ3本、延長6.2kmで海抜差1480mを稼ぐ。
マルコは初め、ビアンチェからブリュールをスキーガイドしたあと、ブリュールからプラトウローザまでゴンドラ3本を乗り継ぐ。トップのプラトウローザのゴンドラ駅舎の壁に「CH/I」の表示がありこの大きな建物が国境にまたがるとマルコは言う(CHは連邦の意、スイスを指す)。ゴンドラ駅舎ではプラトウローザに到達する意味でゲレンデマップもプラトウローザであるが、地名はTesta Grigia。マイナス12℃。晴れているのにイタリア側からの西風は強い。背を丸め頭を低くしてスイス側に逃れる。真向かい(東1.8km)にクラインマッターホン(3883m)が丸底のプラトウローザ氷河の東寄りに岩頭を突き出している。左からケーブルが突き刺さっているが、ゴンドラは見えない、運転中止だ。丸底のプラトウローザ氷河の左は大きく開いて更に氷河が下へ下へと続く(テオデュル氷河)。ストックで左(北)を指し示し差し、ここを滑って行けば自然にツェルマットに着くとマルコは概説する。見えない先を想像して胸が高鳴る。ゴンドラ駅舎の周りは3直角に様々な名前の氷河ばかり。正面から右後ろへプラトウローザ、ブライトホーンプラトウ、ベンチナ氷河、バルトメンシュ氷河。氷河は斜面を下って最後はモレーンで消えるとばかり思っていたが、ブライトホーンプラトウ、ベンチナ氷河はつながって頭がつんつるてんで上がないし、下は雪につながる。マルコは南の、水平線まで広がる白い峯峰を指し、「国立公園です。△△という野生動物が保護されている」と。4478mのマッターホンはTesta Grigiaの左(北西6km)。二人は風を避けてすぐ右回りにイタリア側に戻る。
すぐバルトメンシュ氷河にかかる。氷河スキーは生まれた初めて。幅がとてつもなく広い中急斜面。風で雪が吹き飛ばされていてアイスバーンに近い。ポールでスキー可能域が判り、その向こうにクレバスが黒く口を開けている。1km程滑ってから普通のピステになり、滑り終わってから後ろを見上げると、バルトメンシュ氷河の上につんつるてんのベンチナ氷河が日の光を受けて輝いている。ビアンチェからもう一度ゴンドラに乗りTesta Grigiaに戻る。今度は、左(北)へ国境に沿ってスイス側を1.2km緩やかに滑る。右にTバーリフトTesta 1を見ながら国境のテオデュルパス(3317m)に着く。Testa Grigiaからテオデュルパスは吊り尾根で国境になる。どちらからもマッターホンは見えて、右3分の1が頂上から鋭く切り下がる例の白銀の東斜面、左3分の2は雪もまばらに不揃いな巌が露出する山容。
風は相変わらず強い。休むことなくテオデュルパスからイタリア側のピステ1.2kmをリフトに沿って滑る。初めの半分程はかなりの斜度で痛快極まりない。リフト基点から少し離れたカップボンタデニ(3000m)で昼食にするという。
5昼食をはさんで
ホテルを出てからこれまで、飲まず、食わず、たばこも吸わず、休憩もせずひたすら滑る。二人は雪にはまったように淡々と滑る。だいたいゴンドラやリフトに乗るのは休憩だといつものように思う。マルコは赤と黒のウエヤの右胸にMAESTROの刺繍をしている。紅毛碧眼。この食堂は天井も高く全体が大きい。セルフサービスで食べ物に沿ってレールがあり、トレイで皿に好きなものを取り、最後にレジがある例の方式である。後に続くマルコはワインのハーフボトルを取って「ワインは飲まないのか?」と言うが、「水にする」と答えた。客はまだ少ない。トレイを持って近めのテーブルに二人は向かい合って座る。
食べながら話しになる。「アオスタには昔、フランスから来た人が多い」、「ガリアとかフランク王国のことですか」、「そうです」などと話しの形は私が受身になる。そのうちマルコの視線が私の左側にちらちらするので「何を見てるのですか」と後ろを振返らずに聞くと、「bottom」、「hipのことですか?」、「そうです」。私はやおら立ち上がり、自然をよそおって後ろに歩き出した。テーブルを一つ置いてカウンターがあり、4、5人の男女が立っている。ちらりと見て元のテーブルに戻り、「美人ではない」と告げた。「ヨーロッパの婦人を好きか?」、「好きです。しかし日本人がもっと良い」と答えた。Are you married?と聞かれたので、私は、「はい。二人はトレッキングが好きで、よく日本アルプスを登った。妻はテニスがうまくて、それに従ってテニスを始めたおかげで私は足が丈夫になった。妻にスキーを教えたが、よく転んでやめたと言うので、今回は私一人でスキーを楽しむことになった。」と答えた。マルコはグラスをもう一つ持ってきてワインを注いでくれた。おいしい。お客も増えてきたようだ。
食堂の外に出るとまぶしい日当たりの雪の上で、色とりどりのスキーヤが板を脱着している。親しい仲間だけで使えると説明してから「オシッコ」に行く。板を付けてリフトに乗り再び東のテオデューロパスに登る。チェルビニアスキーエリアは東西6km南北4kmの全面にゴンドラやリフトが発達してテオデューロパスと南に1.2km離れたTesta Grigiaとでスイス側のツェルマットスキーエリアに連接する。
マルコはテオデューロパスから別な長いピステをプランマイゾンに向けて数回ガイドする。マルコは薄着で筋肉質なので、後ろからついて行くとターンに合わせた体の動きがこちらに伝わる。レールターンは中斜面ぐらいまでで、テクニックを忘れて、早く先に行きという気分だと言う。こうして私は中斜面でピッチの早いウエーデルンをしたり、急斜面では制動の効いた小回りをする。雪質がよいので、大変に気持ちがよい。時々、急斜面で横に距離を置いて私が中回りで先行する。緩斜面で待っていると、すぐに着たマルコは脚を広げて腰をかがめ「ブラボー!」と叫んだ。私はニコリとする。時には私が間違えて途中のリフト乗り場に滑り込む。二人はリフト乗り場の裏を回ってピステに戻る。やおらマルコはオフピステに入り込みオシッコを始めた。私も並ぶ。離れた前にはリフトが動いている。
少し滑った後に、ピステに立った私は、もう来年ぐらいには、スキーはやめようと思っていると言うと、「Why not?」、「スキーを初めてもう9年、日本で充分滑ったし、今回はアルプスキーを堪能している。もう歳だ。」にマルコは「Not yet, not yet!元気によく滑っているではないか。80歳を超えたスキーヤも見たでしょう」。別な時、「よくやるよな」、「何が」、「だって昨日、ゴンドラで待っている間、女の子達とよく話しをしてたでしょう」。二人はもう少し滑った。ゴンドラやリフトは2、3分待つだけだし、ゲレンデはさびしくない程度にスキーヤーがいる。ここではボーダーを見なかったし、子どもの集団がマエストロからレッスンを受けてるのも見なかった。クールマイユール同様、日本人に合うこともなく、コブ斜面もない。
3時頃に、ブリュールに滑り込み、板を預けてマルコの車に乗った。途中の町中でタバコを買うからと車を停めて貰い。タバコをゆっくり吸った。ドアーを開けて待っているマルコに「今日はたっぷり滑ったし、ツェルマットも一人でなんとか行けそうだ。」と言って昨日のA4のメモを破って返した。マルコもコピーを捨てると言った。そばでもう一服タバコを吸っている時に、マルコが「あなたはインテリジェントだ」と言うので、「クレバー(ずるいという意味もある)ではないか?」に対して「違う、インテリジェントでジェントルマンだ」といった。そして、ツェルマットを滑り降りるときは、必ず帰りのゴンドラの最終時間を覚えておき、天候による運転中止にも注意すること。ゴンドラに乗れずにツェルマットに泊らざるをえないスキーヤが時々あると注意してくれた。ホテルまで送って貰って別れた。4時頃か。
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