■マッターホルンの麓チェルビニア
6ホテルのバーで
ホテルに着きシャワーを浴びて着替えをし、明日の支度をざっとしてからバーの隣りの広いロビーへ行く。スタンドのライトで本を読む人、トランプをする子ども達、静かに話をする男女。時々赤ちゃんが裸足でトコトコと出入りする以外は人は静かに動き、時間が緩やかに過ぎる。私は紅茶を飲みながら、ゲレンデマップを調べたりする。別な部屋にはテレビも光っているが、こちらは穏やかな照明。
日曜日の夕方か、ロビーに座って夕食を待っていると、隣りのバーのマスターが5本の指先の上のトレイにグラスに載せてお客に飲み物をサービスしてくれる。美味いカクテルで食欲をそそる。タバコを買いに外から帰って来てフロントにキーを返し、そばの額縁入りの写真を見入っていると、男が来て「チェルビーノの写真で私が撮ったもので、私は写真家です」と言う。チェルビーノはマッターホンのイタリヤ名。聞いてはいたが、あまり形のよい山ではない。時間でもあるので食堂へ。翌日の食後、バーで、チェルビニアに住みイタリア人の写真家には失礼だが、よく写真で見る形のよい写真はどこからがよいかと尋ねると、スイス側のFurggかSchwarzseeだと教えてくれた。頭の中のゲレンデマップでだいたい判る。ツェルマットへ行ったら、天候と帰りのゴンドラの運行時間をよく覚えていなさい。帰れなくてツェルマット泊りになる人が時々あると教えてくれる。写真家は泊まり客ではない。
マスターは長身の美男子でマリオといい、応答も的確できびきびと周りに気を配る。カウンターに座りウイスキーの炭酸割かなにかといって頼むと、懐かしの味。久しぶりにハイボールだと言うと、すばやく新しい背の高いグラスに変えてくれる。日本ではハイボールは死語同然。或る時は、ごく薄いパンにペーストを塗って4cm角に切った特製のスナックに爪楊枝を添えて出す。ツナの味がよい。さきほどむこう向きでテーブルナイフで器用に作ってた。カウンターにはピーナッツやポプコーンなど、皆がつまんでいく。どこから来たか?にNear Kyoutoと答えるとそれ以上聞かない。マスターのマナーはクールに守る。ウノ、デュ、ドロワとか、朝からでもボンジョルノ(今日は)、早い人は3時頃からボウナセラ(Good evening)で、アデューは使わないでチャオ。Bouna notta(こんばんはよりお寝みに近いらしい)はめったに使わないと教わった。YESはSI、SKIはSCIで、発音はsee、sheと書いてくれた。

水曜日の夕食後、バーで写真家に合ったので、Schwarzseeへ行って来たと報告し、部屋からデジカメを持って来てそこで写したマッターホンの他それまでの画面もモニタで見てもらった。彼も負けじと大き目のバッグを持ち込み、中を披露。一眼レフカメラ2、3台、レンズも何本か(全部日本製)。モニタあたりからバーにいた二組の男女も加わり、ロンドンや富士山やスキーの話がはずむ。私が、皆の雪焼けを指して「みんな赤い鼻のトナカイ」で大笑い。デジカメで私を入れた4人の写真を撮ってもらい、抜けた一人もカメラを部屋から持って来て、写真家に5人の写真を撮ってもらう。眼鏡の女性はローラ。
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木曜日の夕食後、バーのカウンタに座り、マリオに、今日はとうとうツェルマットまで行って来たと報告。マリオから、京都の近くというが、何処か?四日市市といってスキーに行く長野まで車で4時間。イタリア料理はあるか?ここ10年近くからイタリア料理が流行りだして、10軒以上はあってすぐ傍のレストランではグラッパも出ます。人口は?30万人。大きいですね、アパートか?Stand alone houseなど聞かれるままに話す。名前を聞かれてローマ字で書いたが覚えられるはずがない。ついでに絵を描いて富士山を大きく、下に新幹線を、右にTOKYOU、左にKYOUTO、左下にYOKKAICHIと書く。このごろか、食堂から来た男性が話と絵に入って来る。そんな中、マリオは私に「GIOVANNI」と命名し、男性は「JOHN」と書き添え、自身はロンドン子でSABATINIと自己紹介する。マリオは私を「good boy(親しい間の呼びかけ)」という。ロンドン子は昨日とは別な二組の男女で、もう一人の男性は食堂から大きいケーキの四半分を皿でバーにまで持ち込んでチャメッている。デジカメでツェルマットまでの全イタリアスキーを紹介した。4人の写真を撮り、カウンタ内に入ってマリオとのワンショットを撮ってもらう。いつものように9時半を回った頃、チャオ。ここも一週間滞在形リゾート。
7スイス側へ入れない
火曜日から一人でスキーとなる。日曜日はゴンドラ運休でスキーも中止。月曜日はマルコにイタリア側だけガイドしてもらった。ホテルからゴンドラまではジグザグの歩道を歩いて7、8分。預けてあるスキー靴と板を取りゴンドラへ。ブリュールからプランマイゾン、LCビアンチェ経由Testa Grigiaまで3本のゴンドラを乗り継いで6.2km、海抜差1480mを稼いで一挙に3480mの国境へ着く。真向かいにクラインマッターホン(イタリア語、ピッコロチェルビノ)が丸底のプラトウローザ氷河の向こうに見えるが、ケーブルが見えてゴンドラはどこかに隠れている。いたしかたなく、イタリア側のバルトメンシュ氷河や、その一段下のゴンドラで足慣らしをする。
イタリア側のチェルビニアとスイス側のツエルマットとは見えない長い国境で自然につながっている。北へ10kmでツェルマット町(1620m)に至るはず。もう一度Testa Grigiaに上がると、スイス側で国境に沿ってTバーリフトTesta 1が動いている。
チャンスと思い、軽い吹雪の中を滑り出すと1000m程で突然、黒い人影が大きく身体全体で寄れ寄れの合図をしている。ツェルマットへ行くのだと言うと、だめだだめだという。左を見るとさっきのTバーリフトTesta 1の始点がガラガラ動いている。察してこれに乗り再びイタリア側へ戻る。あれで制止されなくてそのまま先へ滑って初めてのピステをゲレンデマップと方向磁石だけでピステ外へ迷い入れば、凍死。5000年後にアイスマンで発見されれば、歴史を作るかも。イタリア側は、青空も見えて風もない。これがALPSの天候と思い知る。また、私のカーキー色のウエアとシルバーのヘルメットは認知性が低く、黒か赤かの濃い色がよいと思う。なるほど、マエストロのウエアが赤と黒である合理性が判った。イタリア側をソフトにハードに滑る。
クールマイユールも含め、ゲレンデの概略はゴンドラ、ペアリフト、クワッドの他に円板又はTバーリフトが比較的に多い。柱を中心に丸いゴンドラの内側に腰を少々掛けて中央に立席があって40人は乗れるもの(プランマイゾンからLCビアンチェ)。要所には途中に支柱のない大形のゴンドラ。食堂も日本並みに大小適当数。スキーパスは4cm角の分厚いものではなく、カードサイズで感度は極めて良好。土日は移動日で分からなかったが、スキーヤーは多くもなく適当で、プルークは見なかったし子どものレッスンもパラレルで始めるようだ。やたらに春休みの大学生らしき若者が多いこともない。挨拶と礼儀はよいし、子どもへの面倒見がよい。
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